2018.07.10

ホテル特集『BOY MEETS SHE, 〜京都夜遊〜』共同編集者トークイベント 後編

ホテルのもつ「余白」をいかに活用するか。 人の記憶に残る、個別最適の尖ったコンセプト。

Credit :
インタビュー・文 / 土門 蘭、 撮影 / 延原 優樹

前編ではそれぞれの「ホテルはメディアである」という考えの概要、そしてそもそもふたりがなぜホテルを作ったのか、その過去を紐解いていった。

ふたりがホテルに行き着くまでの経緯はまったく異なれど、ホテル観はほとんど一致している。そしてもうひとつ共通しているのは、ホテルという場所がふたりにとって「自分が欲しいもの」だということだった。市場が求めているから、時代がこうだから……そういった外的要因ではなく、自分が欲しいものは何か? という個人の内面から、どちらもコンセプトづくりがスタートしている。

龍崎さんは「余白」という言葉をトークイベント中に何度か使ったのだけれど、この言葉は岩崎くんも普段からよく使う言葉だ。

「余白を残しておきたい」「余白を活用したい」

余白は、しっかりと色を塗られた部分があって初めて存在する。その色づいた部分が、ふたりのポリシー、つまり「自分が欲しいもの」であり、そこがはっきりしていればいるほど、余白はますます際立ち、いくらでも自由に遊ぶことができる。

このホテル特集『BOY MEETS SHE, 〜京都夜遊〜』も、そのようにして作られたのだろう。

トークイベントの後半では、ゲストとの質疑応答、そして本特集の話へと移っていった。

尖ったコンセプトは伝わりやすく忘れにくい

岩崎: 

ここまででご質問のある方はいらっしゃいますか?

土門: 

「ホテルはメディアである」とおっしゃいましたが、具体的に何をされているのか、もう少し詳しくうかがいたいです。

龍崎: 

ありがとうございます。では私から、実際にホテルの事例をお見せしますね。

湯河原で温泉旅館をされていた方が、多忙のため手離れをよくしたいということで、私たちに運営を任せてくださったんです。それでできたのが、「THE RYOKAN TOKYO」。そこでまず取りかかったのが、湯河原の街の魅力を言語化することでした

ただ、湯河原に関するウェブサイトを見たり、Instagramを見たりしても、統一したイメージっていうのがなかったんです。観光客が湯河原に求めているものが、みんなで共有されていない。それゆえに、お客様もどこで何を見たらいいのかがわからないし、ホテル側も何を用意したらいいのかわからないという状況だったんです。

湯河原って、箱根とか熱海とかに近いんですけど特に何もない場所なんですよ。だけど「何もない」というネガティブな要素を紐解いていくと、もともとは文豪が逗留(*)するエリアだったということがわかったんです。それで、湯河原の魅力は「温泉地で遊ぶ」ことではなくて「温泉地にこもる」ことなのだというのが見えてきたんですね。

(*旅先で、ある期間とどまること。滞在)

次に、そこから一歩踏み込んでどんなコンセプトが作れるか、ということを考えました。私たちが今泊まりたい温泉って何だろうと考えたときに、普通の「癒し」ではないような気がしたんです。どちらかと言うと、「チルアウト」……「気分の高揚感がありながらくつろいでいる」っていう状態を若者用語で「チルアウト」って言うんですけど、そっちのほうがむしろしっくりくるなと。それで、「湯河原チルアウト」というのをコンセプトにおきました。

そして、「都会から離れてチルしに来てください」をメインメッセージにするために、「卒論執筆パック」というのを作りました。「湯河原には遊びに来るんじゃなくて、自分の仕事に集中するためにこもりに来てください」というメッセージを持ったキャンペーンです。「湯河原に来て書く」ことで、かつての文豪と同じ足跡を辿っていただける。その体験をした方が、誰かに伝える。そしてまた人が来る。それが街らしさを伝えるメディアとしてのホテルのあり方かなと思います。

龍崎: 

もうひとつ事例を挙げますと、今、北海道の層雲峡で「HOTEL KUMOI」を準備しています。

層雲峡は旭川の近くにある、北海道五代温泉街のひとつと言われている場所です。熱海とか鬼怒川みたいに団体観光客向けに大箱が建てられていて、団体旅行ブームが終わるとさーっと人がいなくなってしまったみたいな場所でした。

その街の方とも、層雲峡の魅力って何だろう? っていうのを話したんですね。それで、わたしが直接層雲峡に行って思ったのは、霧がとてもきれいだということだったんです。そのほかにも、雲海や、滝しぶき、温泉の湯気など、「水蒸気」が街を覆っている。それが層雲峡にとってはユニークなマテリアルだなと感じました。地元の方々にはそれが身近すぎて、ユニークだってことに逆に気づかれなかったようです。

このテイストをいかにホテルで表現するか。そうしてたどり着いたのが、水たばこでした。水たばこの煙の様子が、層雲峡の街並みに似ているなと思ったんです。この水たばこをキラーコンテンツにするために、食後に水たばこを提供するとか、バーで水たばこをサービスするとか、ホテルの中にいながら層雲峡らしさを実感してもらえるようなサービスを考えています。

龍崎: 

コンセプトが尖っていることのいいところは、すごく説明がしやすいことなんですね。たとえば弁天町にあるHOTEL SHE,OSAKAには各部屋にレコードプレイヤーを置いて、昭和っぽい弁天町の雰囲気を部屋の中でも味わってもらっているんですが、私たちのホテルにレコードプレイヤーがなくてもサービスとしては変わらないんです。でもそれだとすごくよかったと思ったとしても伝えにくいんですよね。そして伝えないと、忘れてしまう

でもレコードプレイヤーがあるホテルに泊まったんだって思うと、言う方もフックがあるから伝えやすいし、聞いたほうもインパクトがあるから忘れない。それがメディアとして機能しているということのように思います。

「全体最適」ではなく「個別最適」

岩崎: 

マガザンの事例ですが、メディアというフレームワークを強烈に意識している分、うちのほうが説明しやすいかもしれないですね。

まず、メディアには「受信」と「発信」という役割があります。「発信」側はマガザンで、「受信」側は宿泊ゲストとか、遊びに来てくださる方とか、近隣に住む方もそうです。

近隣に住む方を例にとると、僕たちが何者なのかを「発信」しないと、マガザンという場所が不審がられてしまいます。だから僕たちは、「マガザンは世界中から魅力的な人が集まって、その人たちに京都のことをよく知ってもらえる場所」ということを伝えないといけないんですね。民泊とかホテルって、最近ネガティブな要素で語られがちで、キャリーケースをガラガラ引く音も嫌になってきたって話もありますけど、そうではない一面がちゃんとあるぞと伝えたい。

そこで僕がやったのは「マガザンで地蔵盆をやる」ということでした。地蔵盆って、お地蔵さんを囲んで町内の老若男女が朝から晩まで飲んで食って遊ぶという伝統行事なんですけど、夏にやるので屋外だとすごく暑いんですよね。それで、よかったらここの空間使ってくださいって提供したんですよ。そうしたら町内の方だけではなく、その日に泊まったゲストが「こんなリアルな地域の行事は観光ではなかなか見られない」ってめちゃくちゃ喜んでくれたんです。今年も、地蔵盆の日リピーターの方が泊まってくれる予定で(笑)。そういう、まさに媒体としての滞在価値を作っていけたらなって思っています。

岩崎: 

また、お金の話をすると、宿泊費の構成比は10パーセントに設定しています。これはまさに雑誌を参考にしているんですね。雑誌って、書店とかコンビニでの売り上げって全体のほんの少しで、あとは広告費・タイアップで成立しているんですよ。うちはそれを踏襲しているんです。

宿泊費は安くして、とにかく泊まりにきてもらう。それでここで出会った人と一緒にプロジェクトを作っていくというのを主軸にやっています。例えばこの場所を使って、メーカーの新製品のモニタリングを行ったり。あるいは外に出て、マガザンで得たノウハウをもとに、宿泊業や観光業のリデザインを行ったり。そういう仕事が、売り上げの8,9割を占めていますね。

龍崎: 

これわたしのイメージですけど、岩崎さんの場合は「宿をやっている」というよりは、「広告代理店がついでに宿をやっている」という感じですよね(笑)。

岩崎: 

そうかもしれないです(笑)。あくまで一つの装置としての宿と言えるかもしれません。いろんな人とプロジェクトワークをするっていうのが、僕の得意分野であり好きなことであると思っているので。宿って世界中からクリエイターやおもしろい人たちが来てくれるから、そういう人と仕事ができる機会をつくってくれるのが楽しいですね。

龍崎: 

私たちの場合はコンセプトは後付け。コンセプトありきで宿を作らないんですよ。どんな箱でも、自分たちだったらなんらかのコンセプトをつくることができるって思っているので、まずは宿ありきで徹底的に数字を見るんですね。それで収益性が担保できたところで、その宿がより価値あるものになるためのコンセプト作りに入るんです。

だから、経済的要因がコンセプトの足を引っ張るというのは私たちの場合はないかなって思っています。

岩崎: 

僕は逆にコンセプトヲタクみたいなところがあるんですよね(笑)。大企業がしんどくなったのは、新規事業を推進していてワクワクする時間が減ってきている自分に気がついたからなんです。でかい会社だと、新規事業を進めていくとしたら売り上げ100億とか目指さないといけなかったりする。そうすると、全体最適を考えないといけなくなるんですね。その積み重ねがきっと、「ホテルはどこも一緒」っていうことにつながるんじゃないかと思うんですけど。

それがしっくりこなくて、逆に今は「個別最適」を大切にしていこうって思っているんです。その場所その場所でいかに最適な事業やサービスを作れるかってチャレンジをしていて、マガザンがその拠点となっています。

その部分が僕と龍崎さんでは違うから、一緒にやっている意味があると思うんですよね。今僕と龍崎さんと、KYOTO ART HOSTEL Kumagusukuの矢津さんの3人で「泊博 hakuhaku」という宿泊レーベルを作っているんですけど、龍崎さんは実は数字担当なんです。最初に彼女がお金を整理して、その上で何ができるかを僕と矢津さんが考えるという、ひとつの進め方がある。

やり方は異なれどビジョンは同じ。そんな関係だからこそ、一緒に組んだらもっと新しいものが力強く生み出せそうだなっていうふうに思っています。

二元的なものがボーダレスに存在する京都の「夜遊び」

岩崎: 

それで今回、龍崎さんと一緒にやるホテル特集なんですが、テーマは「京都夜遊」です。

龍崎さんと一緒にやるということは、龍崎さんと同世代の若い方々がこのサービスを楽しんでくれる可能性が高い。それじゃどういうコンテンツがあったら、ここを出たあとに若い人に京都を好きになってくれるだろうなと考えたときに出たアイデアが、「夜遊び」だったんです。でも、若者向けの夜遊び提案って、これまで実はあまりなかったような気がするんですね。せいぜいこの居酒屋やクラブがおもしろいっていう「点」の紹介で止まっているのを、ホテルという夜を過ごす場所で、「線」の体験にしたいなと思いました。

そこで、滞在期間にどんなものを用意したら楽しい「夜遊び」になるかなと考え、今回はいろいろなグッズを用意しました。たとえば近所の銭湯へ行く銭湯セットとか、雑誌にはあまり載っていない、深夜までやっているお店のガイドブックとか。それからパジャマですね。今、クラウドファンディングの準備中なんですけど、汚れにくくて消臭機能もあって乾きやすい、かつおしゃれなデザインの、遊びに行ってそのまま寝られるパジャマをクラウドファンディングで販売しようと思っています。

龍崎: 

それと一緒に、ニットキャップとサングラスも用意しました。湯上がりにそのままクラブに行っても恥ずかしくないっていうのがコンセプトです。本当につけていただけるかはわからないですが……(笑)。

岩崎: 

そして今日みなさんが召し上がっている、ジェレミー&ジェマイマの綿菓子。祇園と東山に路面店を出されている綿菓子屋さんなんですけど、10種類味があって、1個300円で夜店風に販売しています。綿菓子って糖分の塊で、気持ちのいい罪悪感がありますよね(笑)。その感じが夜遊びの気持ち良さに当てはまるかなって。

この特集ではそんなふうに、京都での「夜遊び」の提案をホテルという空間でお見せしていきたいと思っています。

龍崎: 

私は京都にもともと10年くらい住んでいたので、今回の特集を組むにあたって、自分にとって京都の街の魅力って何だろうってことを改めて考えました。

それで「二元的なものがボーダレスに混在している」のが京都の魅力だなって思ったんです。通常は住み分けられているはずのものが、京都では隣同士にある。旧と新、東洋と西洋、この世とあの世……異世界、異質なものへの入り口がすぐそばにあるのが京都だと思いました。

そして、今身近な二元的なものと言えば「デジタルとアナログ」。自分たちの世代も、リアル世界を生きている感覚と同時に、NetflixやSNSなどデジタル上に居心地のいい空間を作りあげてそこで生きているという感覚も強くなってきています。そんな「デジタルユートピア」をアナログ空間に落とし込むというイメージで、この場所を作りました。

最後に私も質問をした。

「ホテルをしていて、一番楽しいなって思うときはどんな時ですか?」

岩崎くんと龍崎さんの答えは一緒だった。

「お客様との出会い」そして「余白をどうするか企みごとをしているとき」。

ふたりが語る「ホテル」という場所は、まるで街を描くキャンバスのようだと思う。しかもそれは完成されない。常に更新されるライブペインティングのように、人と街と文化が相互に作用しあい、ゲストもその一部となる。そしてそこを通りすぎた後、自分の中に何か変化が起こっているのを感じる。

本来旅とはそういうものだよな、と話を聞きながら改めて思った。そして旅の大部分を占める「ホテル」という場所の影響力は、もっと大きくすることができる。その余白がまだまだある。そう、ふたりの若きホテル経営者は熱をもって語る。

それが今における「ホテル」の可能性なのだろう。

ホテル特集『BOY MEETS SHE, 〜京都夜遊〜』は7月末まで開催している(※変更の可能性有)。

クラウドファンディング実施中!

パジャマをもっと自由に。京都のホテルが寝る直前まで夜遊びできるパジャマを作ります(完売していたパジャマのストックを追加しました)

https://camp-fire.jp/projects/view/84219

龍崎 翔子

L&G GLOBAL BUSINESS, Inc.取締役 / ホテルプロデューサー

1996年生まれ。2015年にL&G社を設立。「ソーシャルホテル」をコンセプトに掲げ北海道・富良野の「petit-hotel #MELON 富良野」や京都・東九条「HOTEL SHE, KYOTO」をプロデュース。2017年9月には大阪・弁天町でアナログカルチャーをモチーフにした「HOTEL SHE, OSAKA」を、2017年12月には湯河原でCHILLな温泉旅館「THE RYOKAN TOKYO」を手がける。
今年の夏には、北海道 層雲峡温泉にホテルクモイのリニューアルオープンが控えている。

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    土門 蘭

    1985年広島生、京都在住。小説家。インタビュー記事のライティングやコピーライティングなど行う傍ら、小説・短歌等の文芸作品を執筆する。著書に『100年後あなたもわたしもいない日に』『経営者の孤独。』『戦争と五人の女』。

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