2024.11.03

〜「Social Rice Farm 心拍(しんぱく)」立ち上げに向けて〜

つくることも、いただくことも分かち合う農モデル「共農共杯」を目指して

Credit :
文 / 松本花音、 撮影 / 風土公団(一部)

構想&リサーチ7年。マガザン代表・岩崎達也は、実家である兵庫県三木市の山田錦農家の抱える問題を発端に、酒米農業の新しいモデルを創造し持続可能にするチャレンジを始めます。*
2024年5月にCORNER MIXでそのお披露目とささやかなキックオフともいえるトークイベントを開催しました。これまでマガザンの事業に関わってくださったパートナー、仲間、支援者、お客様などさまざまな皆さまにここまでのリサーチ結果と今後のプランを共有しながら、山田錦でつくられた日本酒と纏わる肴を楽しんでいただく時間も設け、酒米と酒をとりまく風土と文化を垣間見ていただくことができました。
本レポートではトークの内容をご紹介します。

*クラウドファンディング挑戦中!(2024年12月1日まで)
日本一の酒米産地に、黄金の稲穂に囲まれた宿泊拠点をつくる!
https://readyfor.jp/projects/shinpaku 

Social Rice Farm 心拍(しんぱく)
公式Instagram https://www.instagram.com/shinpaku.miki

【イベント概要】

新プロジェクトリサーチ&プラン報告会
酒米農家のお話〜農と酒にまつわるトーク×酒と肴のある懇親会〜

登壇者:株式会社マガザン代表 岩崎達也
聴き手・フード提供:写真家・起業家 市橋正太郎 (いちはし しょうたろう)
会場:CORNER MIX
開催日時:2024年5月19日 (日)⋅16:00~19:00 ※途中参加/退出可能
参加費:無料(フード・ドリンクの追加オーダー別途)

酒:(ノンアルもあります)吉田酒造店、稲とアガベ、御前酒蔵元辻本店、山名酒造他
肴:夏野菜の粕汁、兵庫県三木市産のお米を使った肴他

<登壇者プロフィール>

岩崎達也(いわさき たつや)
2016年、泊まれる雑誌マガザンキョウトをクラウドファンディングを活用し起業、編集長と町内会長を務める。雑誌の特集のようにシーズン毎に空間で様々な企画を展開。京都起業家大賞優秀賞等を受賞。同賞審査員。様々なプロジェクトの受け皿として、2017年株式会社マガザンを創業。ローカルカルチャーの体験を拡張する活動を続けている。
Instagram @tatsuya__iwasaki

聴き手・フード提供
市橋正太郎 (いちはし しょうたろう)
写真家・起業家
1987年兵庫県生まれ。京都大学卒業後、IT企業勤務を経て、2017年末より家を捨て、非定住のライフスタイルを始める。移動生活を身近な選択肢にするため「アドレスホッパー」と名付け、広く発信。2021年に料理家、加奈美さんと結婚。現在は京都市左京区浄土寺を拠点に全国を旅しながら暮らしている。
Instagram @ichihashishotaro_

酒米の王様「山田錦」 日本一のブランドエリア・兵庫県三木市

岩崎: 

見えますか?このコンバインに乗ってるかわいい男の子(笑)。

 

市橋: 

こんな写真あったんですね。

岩崎: 

皆さんこんにちは、株式会社マガザンの岩崎と申します。兵庫県の三木市という田舎の出身で、山田錦の農家の長男です。今は企画会社の株式会社マガザンを経営してるんですけども、その事業の一環として農業を継ぐということを決めましたので、今日はその初めての共有会です。よろしくお願いします。
今日は、聞き手で市橋正太郎さんに来ていただいております。小野市という隣の町出身なんですよね。

市橋: 

よろしくお願いします。そう、車で10分くらいの。

岩崎: 

今日は市橋さんのパートナーの加奈美さんが料理を担当してくださいます。あとでご飯が出てくるので、まずはお話しということで。

で、何をやるのかということなんですけど、資料では「山田錦テロワールを起点とする、多文化共創型の農風土経済回生プロジェクト(仮)」としています。今っぽく言えばみたいなことだと思っていて、酒米を作るということを通して世の中にいい影響をつくっていきたいなと考えています。

まずは兵庫県三木市ってどんなところかというと、県の南東部にあたります。ゴルフ場やネスタリゾート神戸、あとは防災センターっていう巨大な地震の実験室があったりします。山田錦もその三木市の重点戦略のひとつで、兵庫県はその生産量の半数以上のシェアを占めています。そこに特A地区という地区があって、ワインで言うシャンパーニュ地方みたいなものですね。

そもそも山田錦とは、通称「酒米の王様」と言われていて、日本酒を想像したときの王道の味わい、風味を作っている米です。

その中でも特A地区は、
・谷に位置していて寒暖差が激しい
・日照時間の差が激しい
・日当たりのいい時間がしっかりある
・段差があって配水がいい
・粘土質もねばねばしている

という最高級の米が穫れる条件が重なっている場所です。米の特徴は大粒で、コシヒカリとか食用米にはない「心白(しんぱく)」という中心部の芯があります。タンパク脂質が少ないので、食べるとあっさりパサパサしています。

なぜこのプロジェクトをはじめるに至ったかというと、実家の相続問題がきっかけです。ややこしかったのが、この実家の農家に家族の誰も住んでいなかったんです。農業に使っているのみで、両親は車で5分の近所のニュータウンに今も住んでいる。それじゃあこの家をいずれ手放すのか、保持するのか、継ぐのか。継ぐのが一番大変だと言われていたんですが、やっぱり育った場所なので思い入れもあって、何もしないまま手放すのはいややなという気持ちが僕の中にありました。

それで客観的な情報を見ていきました。実家集落は日本一の山田錦のブランドエリアを担っていて、その米も実際「手取川」や「八海山」といった酒好きなら誰もが知るブランド酒になっている。そして地域創生ブームで、ヒト・モノ・コトがこれから集まる可能性もある。自分も社会人になって経験を積んできたし、一人では無理でも一緒にやってくれるかもしれない人たちがいるので、これは今諦めるのは早すぎるなというのが出発点でした。遡ると、2018年の僕のSNSで「ちょっと跡継ぐことをちゃんと考えようと思う」という投稿をしてましたね。

でも何をしたらいいのか確信が持てないので、リサーチをしまくる日々がここでスタートします。山田錦を知る、農業を習得する、地域を知る、仲間に山田錦農業を体験してもらう、酒と酒造りを学ぶ、先行事例を知る、先人に相談をする、などなど…。

側にいる父親に話を聞くと、ポジティブな言葉、継いでほしいという言葉は何一つない。一方で山田錦の生産量は増えていて維持傾向だったんですが、出荷額は減っている。つまり量は増えているのに単価は減っているということで、ニーズはあるけど価格に反映ができてないというのが分かりました。そして高齢化で耕作放棄地は急増していて、新規参入もほぼなく、生産力が減衰してることも明確に分かってきました。

市橋: 

でも量は増えてるんですね。

岩崎: 

このタイミングでは増えてます。コロナで一回ガンって凹んでまた戻ってるんですけど、意外と減っていない。

市橋: 

日本酒全体は?

岩崎: 

減ってます。

市橋: 

でも山田錦は量が増えているってことは、シェアは増えてるってことですか?

岩崎: 

そうです。酒米の王様っていうブランドはまだ一応生きていて、それ以外の米がどんどん少なくなっている段階かなという感じですね。これは三木市のオフィシャルデータです。

つまり、外からデータを見たり事実を見るのと、中の父親とかに話を聞くのとでキャップがありすぎて、いったい何がほんとかよく分からなくなってしまいました。

酒米農家の息子、1ヶ月の酒造り修行へ

岩崎: 

じゃあどうしようと思った時に、僕はビジネスをずっとやっていたわけなので、まずはシンプルにお客さんに話を聞きに行こうと。日本酒の「手取川」はまさに実家の米でできてるんですが、この酒を作っている吉田酒造店に、2018年の1月9日に行ってきました。

その時、当時の社長(現会長)の奥様が出て来られて、こういうことを言ってくださったんです。

「よくぞおいでくださいました!」
「長い間本当にありがとうございます。」
「おかげさまで、お酒がつくれています。」
「農家の方がお見えになることは少ないので…」

飛び込みでなんのアポもとっていないのに、めちゃくちゃ歓迎していただいて。農家の方はほとんど来ないので嬉しいですということを言われて、感謝されるべきは僕じゃなくて、父親や米を作ってる人やなと。そして生産者と提供先の交流がほとんどないんやなということがよくわかりました。これだけ歓迎されて、ありがとう、これからもよろしくって言われてるってことは、これ何かあるよな、何かがおかしいよなと。

そうして引き続き可能性を探りつつ、土台を整えるための相続手続き、登記の整理等に3年もかかりました…。相当タフな状況を終えたのがこの春で、大きいトリガーはダメもとで申請した事業再構築補助金が採択されたこと。これを機に一気に本気モードになりました。これはガチでいかなあかんということで、ヒントをくださった吉田酒造店に1ヶ月の酒造り修行の打診をして、ご快諾いただいたんです。酒作りと酒の基本的な情報をここで学ばせてもらいましたね。

岩崎が送った修行のお願いメール

これは研修を受けた証拠を残さないとあかんよって蔵人の方が撮ってくださった写真です。

現在の社長の跡継ぎの方が、僕と同い年なんです。今世の中のアルコール離れが進んでいますが、なぜそれでも酒をつくるのか。その問いへの答えが、「日本の文化風土をつなぐため、それしかない」という回答でした。

この酒蔵はシーズン中は住み込みの方が多くて、みんなで飯・寝床をともにするようなスタイルです。酒造りはとにかく工程が長いというのもよくわかりました。意外だったのは、酒造りって季節でやることが決まっているのかと思いきや、毎日毎日酒を仕込んで、毎日酒が完成している。PDCAの走るサイクルがすごく多いんだっていう発見でした。

まず素人ながら自分で手を動かしてみて酒を作ると、山田錦はめちゃくちゃ酒が作りやすかったですね。プロの方がよく言う「山田錦は適当に作っても80点になる」っていうのは本当でした。他の米だと割れやすかったりして温度変化が安定せず、思ったように発酵が進まないので毛布をかけて温めたり、うちわで仰いであげるとか、夜な夜な手をかけないと思ったようにならない。山田錦は酒蔵の方々の働き方にとってもサステナブルなんだというのもよくわかりました。

これ(下図)が酒づくりの工程で、めっちゃ複雑です。それに比べてワインはシンプルなんですよね。なのにワインの方が価格が全然高い。このギャップにみんな必死に抗っているというか頑張っているということです。

酒造りの工程

ワインづくりの工程

今はJAを通して山田錦は酒蔵にいっていますが、日本酒の出荷量は減っているし安泰ではない。まだ答えは見えていないけれど、状況は見えてきました。

並行して、まわりの仲間に実家へ山田錦農家の体験に来てもらったりもしていました。よくある農業体験って本当に喜ばれているのかとか、マネタイズの可能性があるのかとかを確かめるために、いろんな問いをみなさんに投げまくりながら時間を過ごしていました。市橋さん一家もきてくれましたね。

市橋: 

僕の実家も酒米ではないですが米農家を兼業でやっていて、田植えとかはもちろんやったことがありました。岩崎さんの実家で体験してみて、やっぱり酒米ってちょっと違うなっていうのは思いましたね、粒の感じも違いますし。JAとの関わり方も違うのかな、と。

岩崎: 

そうですね、酒米のほうが全然値段は高いです。そして作るのがとても大変です。背が高くて粒が大きいので、台風が来たらすぐに倒れる。倒れると日光に当たらないし水に直接触れてしまって、腐ると出荷できなくなる。

市橋: 

自分の家とかは食べる用につくって残った分は出荷するとか、それくらいの感覚でやってるんですけど、商業的に、食うためにやってるっていう側面はあるじゃないですか。やっぱりそこが結構違うなっていう感じはしました。

クラフトサケブリュワリー「稲とアガベ」と「獺祭」社長との出会い

岩崎: 

仲間で体験してもらったときも、みんなそれなりに何かを楽しんでくれて、これはやっぱり何か可能性があるよなと思いました。そこで、さらに学ばなあかんということで、万障繰り合わせて翌年の3月2日、「稲とアガベ」というクラフトサケブリュワリーに修行しにいきました。

日本酒の酒蔵っていうのは、法律上新しく作れないんです。だから若い人たちが自分たちで酒を作りたいとなったら、法律上”日本酒ではない”酒を作るという手段をとる。しぼらない清酒にならないどぶろくの状態で売るか、副原料をいれるんです。稲とアガベは、ビールのホップ、ブドウ、リンゴ、お茶とか、他のものと一緒に発酵させることで日本酒にならないっていうように法律をハックして、より酒のマーケットをおもしろくしている蔵です。他にも自然栽培米のみだったり、高級な酒は精米するところをほとんど削っていない精米歩合90%の米を使っているのに、日本酒より高い販売価格で成立させていたりする。稲とアガベの一般的な米の買取価格は一俵50,000円とかなんですが、これは農家がJAに売る場合のほぼ倍なんです。なんでそんなことができているかというと精米歩合にヒントがあって、削らないから、ほぼもれなく米を使えるので捨てるところがないから単価を上げられるという。つまり、買取単価を上げても事業的には採算が合うんです。

クラフトサケは、いわば多様性時代のあたらしいお酒。これは一過性のブームではなく新しい文化になると修行を通じて確信しました。稲とアガベの蔵がある秋田に日本中の人が毎日のように商談に訪れていて、ユーグレナや三菱地所などとのコラボレーションなどもあり非連続に成長し続けている。彼らからはスタートアップの凄さ、若者の勢いっていうのを感じましたし、酒の世界をもっとよくしたい仲間がここにもいた!と思いました。

客観的データでも、今の日本酒業界は売上は減っているけれど利益は増えている。ということは付加価値型の蔵こそ生き残るということで、稲とアガベのような蔵が今後お付き合いすべき相手であり、これからの山田錦はそこに貢献できなければ、やがて死にゆく立場でしかないという事もよくわかりました。

 

 

そこから稲とアガベの紹介で、獺祭の社長と懇談にいってきました。稲とアガベの社長の岡住さんに飲みながら「世界一山田錦のことをを考えているのは獺祭だから、獺祭の社長に会うべき」っていわれて、「わかりました、すぐいきます!」と。

獺祭の蔵元の旭酒造は年商200億という、日本酒の酒蔵としては超大企業なんですね。獺祭が革命的だったのは、山田錦の純米大吟醸というすごく手間のかかる酒を大量生産し続けることを実現してしまったことです。データや自動化ということはよく言われていますが、200人以上もの蔵人を抱えて手仕事を積み重ねている。

市橋: 

200人って、蔵というより立派な企業ですね。

岩崎: 

そうです。初任給34万円に賞与もしっかり出る、立派な山口県随一の企業です。50人くらい営業やスタッフもいらっしゃる。旭酒造の櫻井社長のお話を聞いて、やっぱり圧倒的に本気だっていうのがよくわかりました。農家を育てるために優勝賞金3000万円の山田錦アワードを主催したり、基本の買取価格も1俵35,000円で、これは通常取引価格の+130%です。

飲みながら社長が話されていたのは「山田錦はまだまだ量が足りない、仕入れるルートがかんたんには増えないから難しい」。僕が三木で聞いていたことと真逆のことを仰っている。そして若手の山田錦農家に出会ったことがないと。

どんな山田錦が欲しいですかと聞いたら「心白の小さい山田錦を作って欲しい」と言われました。山田錦の心白は大きいのが特徴なんですけど、獺祭はその米の8割を削って最高級の酒をつくるので、心白が小さくないと米が割れやすくなるんです。

市橋: 

8割削ってっていうのは、8割を削って2割を残す?

岩崎: 

そうです。2割だけで酒を作る。残りの8割を焼酎などに再利用にする。

市橋: 

2割の心白の部分が小さいほうがいいってこと?

岩崎: 

そうです。心白って大きいと米の5割ぐらいを占めるサイズ感のものもあるんで、全体の2割まで削る過程で心白に侵入しちゃって、米が割れちゃうんですよね。卵に例えると、削っていると卵の黄身に侵入しちゃうから、そもそも黄身がうずらの卵のサイズの卵が欲しい、みたいな。

というわけで、「まだまだ工夫できることはたくさんある!」ぐらいに酔っぱらって帰ってきました。

獺祭(旭酒造)の櫻井社長と稲とアガベ・岡住社長

既存の評価基準のその先へ

岩崎: 

これらの話を総合して、改めてもう一回地元の農家さんに話を聞こうと思いました。父親に地元の重鎮農家さんを紹介してもらって話をきいたら、あと5年は作れる、と。でも5年後のイメージを聞いたら、わからないと。つまり継ぎ手がいないってことですね。

そして既存販路以外の売り先のつくり方がわからないとはっきり言われた。既存販路への卸値は一俵27,000円程と決して安くはないんですが、そもそも農家に価格交渉権利がないんです。この値段で買い取るから、それでいい人が売ってください、というスタンス。

市橋: 

直接酒蔵におろす農家さんはいない?

岩崎: 

ほとんどいないですね。でも今や農家が減りすぎて、そんなこと言ってる場合ではないっていう、時代の潮目が来ている。

市橋: 

なるほど。

岩崎: 

それで、これがなかなか衝撃的だったんですけど、心白なんて見たことがないって言われました。もちろん心白の存在は分かっているし知っているけど、割って見たり、確かめたりしたことはないと。粒の大きさとか水分量とか、割れの少なさとか、現状の基準に従った評価をそのまま受け入れて売っている。

市橋: 

その基準に心白も入っているんですか?

岩崎: 

心白も入ってます。既存の評価基準では、心白はサイズが大きくてふくよかなほうがいい。獺祭で聞いたこととは逆で、あくまで既存の評価基準はプランAであるってことに気づかないといけないということがよくわかりました。プランB、Cもあっていいはずだと。

そのうえで、地元の人にだったらもういくらでも任せたいと。一方でよそ者に任せるのはちょっと…となると、もう引き受けられるのは僕たちしかおらへんやん、っていう状況でした。短期的には作るのは自分たちでできるから、売ってきてくれるだけでもありがたいという。

山田錦農家のいま解決でき得る課題と「酒米価値係数」

岩崎: 

こうしていくうちに山田錦農家のいま解決でき得る課題というものが見えてきました。一つ目はステークホルダー間のコミュ二ケーションが圧倒的に不足していること。酒蔵や飲み手を含めてエンドユーザーまで直接繋がった対話と体験を提供し続けることが、いま酒米農家が抱えている問題の解決の糸口も見つける手段なんじゃないかと。好きな酒蔵があるように、好きな酒米農家があってもいいんじゃないのか、と。

二つ目は、もっと作り手と顧客の直接取引を増やすこと。今は需給のアンマッチが起きていて、酒米農家はお客さんが誰なのかかもはや見えなくなっている。つまり、ニーズへの変化に対応する状態が希薄であるということです。ここを解決するには集落全体で高付加価値型の酒蔵に対応できる多様な栽培を実現する必要があって、何でもかんでもやるというよりは、農家それぞれがコアを定める必要がある。例えばうちがイメージしているのは減農薬栽培で、農薬を半分くらいに減らして、大量生産しJAや大口の出荷先とお取引するコアと、サブは自然栽培や有機農法などの付加価値型の方法でつくる。地質水質や環境を見極めながらこれらを作り分けられる集落を目指したい、ということです。

そして、担い手不足の問題。これは僕一人では無理でも、コミュニティの力だったら何とか突破できると思っています。今は農業は国から補助金をもらえる仕組みもあるので、大規模農業を引き受けることでイニシャルコストを担保して、なんとか乗り越えられるんじゃないかと思っています。

今は若年層が都市部へ流出し、UIターンも障壁が高い。しかも農業は初期投資が多く必要なのに、米は年1回の納品・取引だからマネタイズも年1回なんですよ。PDCAサイクルを回せる回数が限られていて、だからこそ難しい。

こういったことをふまえて、酒米とか酒の価値がこういう係数が出来ているんじゃないかな、っていうのが見えてきまして…(スライドを見せる)


<酒米価値係数(KPI)の存在>

米重量 × 米単価 × 精米歩合 × 醸造費 × ブランド・デザイン費

 × ボトル費 × 印刷費 × 物流費× etc…

→物語性、環境性、独自性のある新時代の酒造りに、農家は貢献できる


 

市橋: 

酒米価値係数。

岩崎: 

酒米の最終製品である日本酒1本の価格を分解すると、こういう費用および価値で構成されているということです。農家の立場でコントロールできて、かつ差別化できるのが、まず単価。それに付随して精米歩合。ほとんど削らない米だと、50%削る米の倍の単価が出せる。そしてそうした米をつかった酒づくりを、農家から提案できる部分があるかもしれない。企画ができる代わりに、米単価の交渉ができるというわけです。

さらにブランド・デザイン費というところで言うと、テロワールはブランドになりますよね。地元で全部育てて、地元で全部飲むという安心感。こうした提案を農家ができるようになれば、新時代の酒造りに農家は貢献できるはずだ、というところに行きつきました。

一方で、酒の存在意義ってなんだろう?とも。炭水化物が悪、アルコールが悪というトレンドの時代に、酒はどういう意味があるのかと。いろんな人と向き合って考えてきました。

まずは、文化風土的価値。調べれば調べるほどあらゆる根源的な営みに酒は直接的に紐づいている。村の田んぼが形作る町の形から、名産品、お祭りをはじめとした習慣行事まで、これをなくすのはまずいっていう感覚は、田舎の人にとっては日常をすべてなくすってことと同じなんです。

そして言わずもがな、嗜好的価値。酒を飲んだら心拍数が上がるので、バイオリズムの穏やかな変化を生み出していて、それが複雑で難解な社会における一種の免罪符として機能していると思っています。

そして税収をはじめとした経済的価値ですね。

市橋: 

めっちゃ考えてるなってことは伝わってきました。

岩崎: 

とても個人的なことなんですけど、このハードシングスを決断してきたのって全部酒のある場だったんですよね。酔った勢いで「分かった、もうやります!」みたいな。これは稲とアガベの岡住さんに「日本一の山田錦農家になれば済むじゃないですか」って言われたときに、「わかりました!」って言ったときの写真なんですけど(笑)、酔ってないとこんなこと言えないですよね。

こちらは吉田酒造店での慰労会の様子

「心拍」が目指すべき姿とこれからのプラン

岩崎: 

そして、目指すべき姿とこれからのプランについて。マガザンキョウトやCORNER MIXのような、メッセージを発信したり新しい価値観を提示して輪を広げていく小規模なインスピレーション提供型か、自分たちで一手に引き受ける大規模型か。うちの場合は、もうこれは完全に大規模農業しかないと思っています。しかもインスピレーション型の。そこで最初の「山田錦テロワールを起点とする、多文化共創型の農風土経済回生プロジェクト(仮)」に戻ってきます。

まず農業は、山田錦栽培の改良をファクトベースでたゆまずに行うことでベース品質の差別化をおこない、オンリーワン・ナンバーワンの山田錦農業にします。直近のおおまかなスケジュールでいくと、2024年11月に実家を改装して新しい拠点をオープンする計画で、すでに父と集落の農家さんとの連携栽培を始めています。

続いて、三木では前例のほぼない有機農法のチャレンジ。そのデータを集めるために、地域の休耕田を引き受け始めました。地域の手が回らない仕事を引き受けるエコシステムを推進して、この土地で様々な実験ができる余地をつくりたいなというのもあります。

あとは、心白品質の実験。一日に1粒ずつ収穫して、サイズがどれぐらい違うかとか、単純なことで多分何か見えてくると思っています。いつ心白が形成されるのかとか、実験と検証を重ねたいなと。

最初は小規模に始めて、2025年に農業法人を設立して自分たちで米をちゃんと売れる状態に持っていくつもりです。獺祭の山田錦アワードにエントリーして、3年以内に優勝っていう目標を立てました!こんな目標の立て方は野球部の時以来です(笑)

市橋: 

3年以内。

岩崎: 

この集落・エリアの米を欲しいって言ってもらうことがやっぱり大事なのと、加えて農家企画の限定酒開発というのをやってみます。例えば精米歩合90%の山田錦を使った日本酒ってほぼ存在しないんで、それをやってみようとか、そういうちょっとイノベイティブな好奇心。農家×飲食店×酒蔵のセッションで、京都の日本料理店や、三木の稲見酒造さんや稲とアガベさんと一緒につくります。完成は来年になると思うんですが、楽しみにしていてください。

拠点は、ひとともり&ロウエの建築チームにお願いしています。母屋が宿泊棟で、庭には駐車スペースを作って、キッチンカーをとめてここで飲食できるようにする。宿泊施設は、リトリートとかワーケーションってキーワードにちゃんと答えられるようなレベルを目指しています。客室の窓の目の前が田んぼなんで、田んぼビューですね。

 

食は、東山の日本料理屋「研野」さんと一緒に、山田錦と播磨の風土を味わう食サービスメニューを開発しています。作るのは地元の方々といっしょに。地元のリアルな空気感をサービス価値に変えたいと思っています。これのヒントは、吉田酒造店で住み込みで働かせてもらったときに、みんなで食べるまかないごはんを近所のおばちゃんが作ってくれてたんですけど、それが忘れられなくて。

あとは、農業×宿泊×飲食の山田錦テロワールツーリズムの開発。ここは日本一、いや世界一の山田錦産地なので、酒のルーツを辿るようなツーリズムをつくろうと。歴史風土のアーカイブと体験や、たくさん出る稲藁を再利用、リジェネラティブ活用したりとか。最近ロエベアワードのファイナリストにもなられた茅葺き職人の相良育弥さんが三木出身で、今も隣町に住んでいらっしゃるので、宿に藁のベッドを作る予定です。

市橋: 

藁のベッド?

岩崎: 

稲藁って柔らかいんですよ。茅葺きの茅って大体すすきの茎で、頑丈で触ると切れたり痛かったりするんですけど、稲藁って耐久性がやや低い代わりに柔らかい。芯の部分を取り除いてまとめたら、裸でも全く痛くないそうなんです。

市橋: 

まじですか?!通気性もよさそう。

岩崎: 

何より取り替えが簡単なんで。

市橋: 

たしかに。

岩崎: 

あとは芸術の文脈で、この文化風土にインスピレーションを受けて、なんかやろうよって言ってくれているのが京都の履物屋さんの関づかさんというところであったり、浄土寺のBridge studioをされているforcitiesの杉田さんとか。そういった方々や、あとはゼブラアンドカンパニーさんをはじめとした都市部のビジネス界隈の方々ともパートナーシップを結ぼうと思っています。そしてもちろん、マガザンとその仲間たち。

これらを事業にブラッシュアップをしてまとめていくんですけども、大切にしたいプロセスは、今日散々出てきたキーワードですが、ステークホルダーの方々と会話してわかり合いたいということです。今何が欲しくて、何に困っていて、何が嬉しくて、何が悲しいのか、わかり合いたい。共耕するとかいてますけど、ともに最高を作りたい。自分たちだけで耕す法人完結モデルではない形でやりたい。そしておいしい酒ができたら、みんなで乾杯してたたえ合いたい。それを大事にしています。

まだ制作途中ですけど、これがロゴです。ブランド名は「心拍(しんぱく)」。山田錦特有の米の心白、そして心拍数。これをブランドのコアに据えたいと思います。ちなみに心拍の第一号社員は父親です(笑)。

心拍ロコ゚

これから頑張っていきますので、よろしくお願いします。もうすでに仕事をちゃんと発注してる方もいれば、相談だけしている方、まだお話しできてない方もいらっしゃると思うので、ぜひ何かあったら遠慮なく話しかけていただきたいですし、こちらからも遠慮なく一緒になにかできるような関係性になれたら嬉しいなと思います。

トークイベント後の様子

日本一の酒米産地に、黄金の稲穂に囲まれた宿泊拠点をつくる!