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京都の街の、音を読む。 第4回 NICE SHOT COFFEE

先日マガザンの岩崎君に、「壁コラムを連載しないか」と誘われた。

それでどういったものを書こうかと数日考え、「心から好きな場所について書こう」と思った。京都には特に音楽が流れていないのに、独特の音楽を奏でているような場所が複数ある、と思う。その音楽は、そこ以外では決して聴くことができない。この連載ではそういった場所について書いていこうと思う。

奇妙礼太郎トラベルスイング楽団に『喫茶アラジン』という曲がある。

コーヒー豆とたばこ よく馴染む香り 角の席見ればいつもの顔ぶれ
声をかけてくるマスターに軽く挨拶 僕も腰掛ける窓際の席
いつものと頼んでみれば バタートーストとホットコーヒー

「いつもの」と言える場所がどういう場所なのか、ずっとよくわからなかった。「いつもの」というのは、そう言える場所があるのではなく、そう言える人にしか言えない言葉なのではないかと思っていた。人見知りで、内向的で、変なところで気ぃ遣い(適正なところで気ぃ遣い、ならまた違ったのだろう)な自分は、初めての場所に弱いので同じお店に行きがちである。でもそんな自分だからこそ、常連として扱われたとしても「いつもの」なんて言えるわけがないと思っていたのだ、ずっと。
それが、三十を超えたある日、できたのである。「いつもの」と言える場所が。まだ言ったことはないけれど、いつかぽろりと言ってしまいそうな、そんな場所ができた。ここは私の『喫茶アラジン』だ、と思った。

神宮丸太町駅の地下にはMETROというクラブがあって、階段をあがるとたくさん自転車が停まっているところに出る。見上げるとそこにNICE SHOT COFFEEの窓がある。私がいつも座っている場所は、その向かって左側だ。
NICE SHOT COFFEEができたのは今年の夏。単純に家が近いこと、そして営業時間が八時から二十三時までと長いこと、適度に空いていることという理由から、ちょこちょこその喫茶店に行くようになった。最初はよくそこで打ち合わせをしていた。仕事の話も、プライベートな話もそこでした。そのうち、ひとりで訪れるようになった。そして、文章を書くようになった。

文章を書くという行為は、それがどのようなものであれ基本はとても個人的なものだと思う。小説であれキャッチコピーであれ、誰のために何のために書くのかに関わらず、自分の中に潜り込んで言葉を探すところから始めるという点では一緒だ。それをする場所が、私はこれまで自分の家しかなかった。喫茶店やカフェで文章を書くということがどうしてもできなかった。集中できないというよりは、それをするのが申し訳ないと思って。用が済んだら出なくてはいけない。でも、用はなかなか済まないのだ。
それなのに、私はいつの間にか、家よりもこの場所で文章を書くようになった。小説や、エッセイや、キャッチコピーや、取材記事や、メールや。窓際の席で、たくさんの自転車が停まっている駐輪場を見下ろしながら、そしてその向こうの鴨川を眺めながら、ありとあらゆる文章をここで書いた。書けないときにはぼうっとした。「書けないな」と思いながらコーヒーを飲み、焦ったり絶望したりしながらソーサーに添えられた干しぶどうをしがんだ。

マスターは、いつもカウンターの向こうで何か読んでいる。年は近いようだった。
「ごちそうさまでした」
とレジへ向かうと、彼は小さな声で何か言う。「え?」と私はほとんどいつも聞き返す。彼は苦笑いしながら、「五百円です」と言い直す。私も苦笑いしながら五百円を出して、
「いつも長居してすみません」
と言う。彼は「全然」と、今度はきっぱり返事をする。
「文章を書く人」というふうに、自分は見られているのだろう、と思う。何を書いているのかはわからないけれど何かものを書く人なのだろう、と、そのマスターはきっと私のことを思っている。

烏丸御池の喫茶店・マドラグの三四郎さんが、
「喫茶店は留まり木だと思う」
ということを以前言っていた。何もしなくてもいい場所、それが喫茶店だと。お金を渡して扉を押しながら、その言葉を思い出した。

文章を書く鳥として、私はここを訪れているように思う。文章を書く鳥は、留まり木に留まって文章を書く。書けないときもある。用が済まないときもある。でもそれでもいいのだ。ここは留まり木なのだから。これからまた飛んでいけるように、ゆっくりお茶を喫み干しぶどうをしがめばいい。書けない時間も書いているのだと、ここにいると言い訳ではなくて本当にそう思う。

ここで書いた文章が載った、私にとって初めての本ができた。
「本ができました」
と言ったら、マスターが
「買います」
と言った。きっぱりと。
文章を書く鳥が、私の中で羽を震わせる音がした。

NICE SHOT COFFEE
住所:〒606-8396 京都府京都市左京区下堤町82 恵美須ビル 2F
TEL:070-5504-8023
営業時間:火~土:8:00~23:30、日:8:00〜18:00
定休日:月曜日

書き手:土門蘭
文筆家。1985年広島生、京都在住。小説・短歌等の文芸作品を執筆するほか、インタビュー記事のライティングやコピーライティングなども行う。京都の音楽カルチャーを紹介するフリーペーパー『音読』の副編集長。2017年、出版レーベル文鳥社を設立し、初の著書『100年後あなたもわたしもいない日に』(文・土門蘭、絵・寺田マユミ)を出版。来年はマガザン×文鳥社で「本特集」をやりますので、どうぞ遊びに来てください。

イラスト:岸本敬子

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