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京都の街の、音を読む。 第3回メリーゴーランド京都

先日マガザンの岩崎君に、「壁コラムを連載しないか」と誘われた。

それでどういったものを書こうかと数日考え、「心から好きな場所について書こう」と思った。京都には特に音楽が流れていないのに、独特の音楽を奏でているような場所が複数ある、と思う。その音楽は、そこ以外では決して聴くことができない。この連載ではそういった場所について書いていこうと思う。


美術館で絵を観るときには、「どの一枚を買おうか」と考えながら歩く。実際に買わなくてもいい。ただ、自分の部屋に飾って毎日ながめたい一枚を、探し歩く。
 そのようなエピソードを、誰かの随筆で読んだことがある。それを読んで以来、私もそういうふうに美術館やギャラリーを歩くようになった。そして帰りに、ポストカードとして売られていたら買うし、売られていなければ題名を覚えておく。私は、この画家の、この絵が好きなんだ、と、覚えておく。

 長男がまだ1歳にもならないころ、近所の保育園で、絵本の販売会が行われていたことがあった。私は本は好きだがあまり絵本に明るくなく、息子にどんな絵本を買い与えてやればいいのかよくわからなくて、まだその頃家に一冊も自分で買った絵本がなかった。絵本は自分の読むものではない、と思っていたのだ。ポスターを見て、ふと、そこに行ってみようと思った。
 会場には様々な絵本が置いてあって、そばには絵本専門の書店員さんも立っていた。長男を抱っこしながら、試しに一冊手にとってみても、よくわからない。『いないいないばあ』や『ぐりとぐら』などは見たことがあるが、これがいいのかどうか、息子が喜ぶのかどうか、買うべきかどうかがまったくわからない。途方に暮れていたら、そばにいた書店員さんがこう話しかけてきた。
「お母さんご自身が、好きだな、きれいだな、見ていて気持ちいいなと思う絵本を買えばいいんです」
 彼はそばにあった絵本を一冊とって、息子がよく見えるようにページをめくってくれた。
「お母さんが選んだ絵本は、お子さんが初めて触れる芸術になるんですよ」
 その日、私は松谷みよ子さんの『いいおかお』という絵本を買った。うぐいす色の表紙には、黒色で猫と文字がかかれている。きれいな色の組み合わせだな、と思った。これが息子にとっての、初めての絵本になった。彼の言葉を借りれば、初めての芸術に。
 その絵本は、繰り返し繰り返し開かれ、めくられ、破られ、テープで修繕され尽くし、今は本棚のすみで、次男に読まれる日を待っている。

 四条河原町を下がったところにある、メリーゴーランドという本屋さんは、子供の本の専門店である。昭和二年に建てられたという、古くて美しい寿ビルディングの五階の一室。そこには、緑色の書棚にたくさんの色あざやかな絵本や児童書、そして、おそらく絵本を愛する大人が選んだ、大人のための本が並べられている。そのラインナップも並べ方も、とてもとてもいい。私はそこに、息子たちのためではなく、自分のために訪れる。
 寿ビルディングの床は、コツコツとよく踵が鳴る。ふと、オルゴールのようだと思う。箱を開けるとシリンダーがまわり、ピンが櫛歯を弾くように、ここに来ると自分の錆びかけた心が動きだすのがわかる。私は踵を鳴らしながら、決して広くはないその一室をコツコツコツコツ、歩きまわる。
「好きだな、きれいだな、見ていて気持ちいいな」
 そして熟考の末に選びとった小さな芸術作品を持って、子供のようにレジへ向かう。

メリーゴーランド京都
住所:〒600-8018
京都市下京区河原町通四条下ル市之町251-2 寿ビルディング5F
TEL:075-352-5408
営業時間:11:00-19:00(木曜日定休、祝日の場合は営業)

書き手:土門蘭
1985年広島生、京都在住。京都の音楽を軸に、様々なカルチャーを紹介するフリーペーパー『音読』の副編集長。
今年の2月、「自分たちで作りたい本を作り、自分たちで売る」という、原始的な出版を実践する出版レーベル・文鳥社を、同じくマガザンでコラムを書いている柳下恭平さんと設立しました。来年の1月頃には、ここで本特集を企画する予定です。

イラスト:岸本敬子

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